第七十一番 如意山
善応寺(臨済宗妙心寺派)

善応寺

御本尊 十一面観世音菩薩
御真言 おん まか きゃろにきゃ そわか
御詠歌 有難や 命永らへ 福徳を さずけまします 誓なりけり

     
縁起
 慶長九年福島正則の信仰に依り、小川若狭尉が豊田郡小田村にあった真光寺を当地に移し、平塚町興禅寺雲嶺禅師の弟子住法和尚を請じて開山とし、臨済宗妙心派に属し、如意山禅応寺と称した。其後寛政十年、境内に伏見稲荷大社の御分霊を勧請して鎮守とし、仏法の弘通を計ると共に、本市に於ける鍛冶稲荷の祭神とし、其後寺名を善応寺と改名した。
 明治初期の廃仏棄釈の運動と、暫くの無住時代の為に、土地は段々となくなり廃寺同様になり、昭和初め当時の市会議員佐伯辰次郎氏、津田校長(現本川小学校)其他有志の方々と共に、再興会を結成され第十二世一透源和向が昭和十年に善応寺に迎へられ、僅か十年で爆死されました。昭和二十四年頃再建の話が持上り、昭和二十七年七月に再建されました。壇徒のない自坊は鞴さん、御稲荷様のお蔭で市内では早く本常が再建され現在に至っている。
年中行事  毎年、八月六日に原爆死没者供養を境内にて実施。
      十二月八日に吹子祭を実施。
【巡拝ガイド】
広島市内コースの巡路 69普門寺→原爆供養塔→71善応寺→73高信寺
交通便
広電 「本川町」下車、徒歩2分
住所
〒730-0802 広島市中区本川町1丁目2-9 TEL 082-231-0717
近くの札所
73高信寺、

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