第八十五番 荒神山 
安養院(真言宗御室派)

安養院

御本尊

如意輪観世音菩薩

主尊

三宝大荒神

御真言

おん はんどめい しんだまに じんばら うん
おん けんばや けんばや そわか

御詠歌

荒神の 地に移りても 威光増す
授け給うぞ 如意のみ宝


縁起

 安養院 如意山観喜寺安養院 元は比治山の山腹にあり元和6年(1620年)自社年頭御礼帖に扇十本、鳥目三百文を浅野藩主長晟より奉る。御入国時の僧、存慶(〜1670年)入山。明暦三年(1657年)に火災により開基など不詳。
後、本門、本堂、本尊如意輪観世音菩薩(弘法大師作)、鎮守社、稲荷社、地蔵堂、庫裡、書院、境内東西72間、南北21間、1512坪、畝数5友12歩、一円は御免地なり、境内に雛の山あり。文化13年(1816年)頼春水(頼山陽の父)葬儀を安養院で営み、頼家の菩提寺として栄えたが、明治30年の廃仏毀釈で衰退。初世存慶として十三世まで続く。比治山には頼家の墓だけが残る。明治30年荒神社に移転合併。宝篋印塔は明和2年(1765年)作、現在安養院に安置。
 荒神社 慶安2年(1649年)太田川大洪水により流れ着いた仏像(三宝荒神)を庄屋源左衛門が祀ったのが始まり。上流より「銀山城主武田家の守り本尊なので帰してほしい」と云ってきたが重くて持ち帰えることが出来なかった。寛文12年(1671年)盗賊が盗み出そうとしたが途中で落とし、その場が鎮座まします所として小祠を建立。
延宝5年(1677年)玄徳院殿(浅野光晟)が参詣、所領を寄進。後、元文元年(1736年)社を建立。元文2年鳥居(現在も残る)  明治、大正と複数の鉄道、検車所により境内地は減少、昭和48年新幹線建設により、さらに減少、本堂は昭和49年に再建された。  荒神町の由来は、延享2年(1745年)荒神社より名付けられた。

住所

〒 732-0045 広島市東区曙3-4-16 TEL 082-261-3262